悲しみの果てに何があるかなんて俺は知らない
一人晩酌で飲みすぎて頭痛いっつー、チョベリバなパティーンですが朝ブロです。
今日は映画。本当にいいもんですね。
といいつつ、学生の頃はよく見てましたが、就職してからはめっきりぱったりで、00年代以降の事情には疎いんですけど、去年はたまたま、劇場で見たい映画がいくつかあって見ました。『シンゴジラ』『君の名は。』『この世界の片隅に』かな。
ま、それはさておきw、好き、ゆう観点で申しますと、やっぱりね。宮崎駿です。ほんと、同じ時代に生まれてよかった。良い悪いの観点からも、宮崎駿は「良い」わけなんですけれども、好き嫌いの観点からも「好き」。
他だとー、
などのヴェネチア(映画祭)系。ちなみに、海外旅行先で一番好きだったのもヴェネチアです。
これはですね。死生観が似とるからやと思います。
昔、mixiでも書いたんですけれども、「行く」「生く」「逝く」の死生観。
昔書いたmixiの日記を読んでいて、この改行に1時間ぐらいかかりました。
離婚の前後、震災の前後、私の人生のド底の時期の日記が鬼のように暗くて引いたw
世界を憎み、生を嫌う、若気の至りにしても度が過ぎる。しかも、期間が長い。2008年から2011年ですから。今日まで生き残ったのは、痛いのが嫌いだからでしょうな。
イル・ポスティーノの監督であるマイケル・ラドフォードは、他の作品を見ていないので、なんとも言えないのですが、
宮崎駿:絶望→希望
北野武:絶望→凶暴
庵野秀明:絶望→絶望
共通点は「絶望」です。
「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。」ニーチェ
絶望の果てに何を見るのか
それが芸術家が格闘すべき問いであります。私はそう思います。
私のかつての日記のように、絶望を絶望のまま吐き出すのは、ただのゲロです。
他の人も気分が悪くなるだけ。無論、吐きたい人にはいいきっかけになるんやけど。
あるいはこうw
庵野さんは、シンゴジラで、希望を示したので、これからどこに行くのか楽しみです。
頭痛も治まってきたので、走ってくるぜ。